コラム

2012.05.17

梛の宮神社のお祭り

 そういえば、来たる5月20日(日)には梛の宮神社のお祭りがあります。

 梛の宮さんは、京都市バス「壬生寺道(旧四条坊城)」の南側停留所の目の前にある神社です。“元祇園”の名でも知られ、入り口の石碑には実際そう刻まれています。かつて祇園社(今の八坂神社)に牛頭天王という神様をお迎えする折、当地でしばらくお休みになった謂われからこの名があるといいます。敷地には土地の神様である隼神社も併せてお祀りされています。

 この神社の例祭のあるのが今度の日曜日です。先月末ぐらいに前を通ったら、もう早くも鳳輦の蔵を開けて準備らしきことをなさっていたので、祭りに懸ける気合いは十分と思われます。巡行は午後1時頃から3時間ほどかけて氏子圏を回ります。剣鉾(けんぼこ)や花傘など多彩な顔ぶれの行列ですよ。

 壬生六斎とは直接関係ありませんが、地元のお祭りということで、講中の者も所属町内より参加したりします。聞いた話ですが、昔は六斎で使う獅子をわざわざ持ち出して巡行した人達もあったそうですよ。あの暑苦しい袋(獅子の胴)をかぶって日中練り歩いたとは中々の猛者だと思います。現在講中にいる人のおじいさんの武勇伝です。

2012.05.07

Wikipedia様

 現在googleで“壬生六斎”と検索すると、弊サイトは3ページ目に出ます(1ページ約10件表示で)。
 トップに出るのは「壬生村」。まあこれは納得。今まで準公式サイトのような扱いで来たから。
 で、その「壬生村」に次いで出るのが、Wikipedia様の記事です。

 ご存じの通り、インターネット上の百科事典を謳うWikipedia様は、大抵の検索結果に対してその単語の公式情報発信サイトと検索順位1位、2位の座を競っております。今回も例にもれずの堂々たる位置取り。そして、公式サイトたるこちらは……その約20件以上後。

 まあ、始まったばっかりですからね。それに、商売じゃあないんだからSEOだの何だの気にする必要もないし。というよりむしろ、登録もしていないのに検索サイトに出ているだけでちょっとびっくりだし(10年前、「壬生村」の時はこんなことなかった気がする)。

 と、とにかく大丈夫です! とりあえずWikipedia様々の“壬生六斎念仏踊り”の記事に、“外部リンク”としてこちらのサイトを掲載しておきましたから! だって公式サイトやしぃ! 

 ちなみに、“壬生六斎~”の記事内容そのものも、これまで当方が編集していたことは、ここだけの話。

2012.05.04

二つのブログ

 弊サイトにはブログが二つございます。
 一つは今開いているページ。もう一つは、「出演情報」のページです。
 どちらもブログの形式です。しかも後者は「壬生六斎のブログ」とすら銘打っています。
 “このサイトに二つもブログ要らんやろ”とは、正しい感覚のツッコミと思います。製作者の私も薄々そう思っていますから……。

 何やらややこしい話のようですが、実際には単純なことです。実は、現在「出演情報」よりリンクしているブログの方が、弊サイト開設より少しだけ前に立ち上げられていたのです。
 というのも、はじめはブログだけで簡単に管理運営する線を模索していたのでした。しかし、いざ作ってみると、どうも思っていたのと違う。でも、アドレスは分かりやすくて気に入った。すなわち、http://miburokusai.no-blog.jp/ というアドレス。そのまま「壬生六斎のブログ」と読めますでしょ? 無料のドメインでは、かなり面白いと思います(もちろん有料でもいいのですが、それはゆくゆくの課題で、最初は実効性が不分明なので予算をとらないことにしました)。
 一方、こちらでサイト制作を始めてみると、なんとブログが最初から付属しているではありませんか!(いや、嬉しいけど)。

 と、いうことで、二つ作ってしまったものは仕方がない。両方活かしましょうという運びになりましたが、さて、どう使い分けようか……。
 目下、一方を出演情報の告知に割り振りましたが、いつの間にかこっそりと趣旨が変わっているかもしれません。その際はあしからず、しれっと見逃してちょうだい。

2012.05.01

ごあいさつ

 こんにちは、はじめまして。
この度、壬生六斎念仏講中の公式情報サイトがオープンしました。
これまで壬生六斎の情報は、「壬生村」というサイトにて2001年より発信されてきましたが、こちらは講中メンバーの個人サイトであり、団体としてのサイトの開設は、今回が初ということになります。

 実は、「壬生村」製作者と弊サイト管理担当者は同一人物でして、サイト内の文章・画像の多くは、「壬生村」からの流用でございます。同サイトも開設より10年を数えスペースが手狭となった折柄、“新人をネットで募集してみてはどうか”という新しい風もあり、“ほんなら、ついでにリニューアルしょうか”っということになったわけです。
内容は、目下「壬生村」内の「壬生六斎念仏の章」および「綾傘鉾の章」が独立したような形ですが、まあそういうわけで、遅まきながら、壬生六斎念仏講中・公式サイトの開設でございます。

 どなた様もごひいきに宜しくお願い申し上げます。

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