コラム

2013.07.24

平成25年7月24日還幸祭

帰り道でたまたま東御座のお神輿さんにお会いできました。

四条大宮のフレスコの前で休憩中でした。
四若の輿丁さん達はその並びのセブンイレブンや、郁文中の中で缶チューハイ片手に一息ついていました。

こんな近所まで回ってこられると、祇園祭と壬生って近いなあと実感します。

今日は八坂神社の還幸祭、かつて祇園御霊会と称せられた日です。

2013.07.16

平成25年7月16日宵山

昨日に引き続き、祇園祭のちょっとしたこと。

各山町の入り口に建てられている提灯。
大抵屋根付き、たまに傘付きの柱で、町の端と端に2本ずつ祭礼中だけ建てられます。


新町錦にて

これって意外と個性的なんですよ。
山鉾の懸装品ではありませんが、屋根の形一つとっても実に趣向が凝らされています。
決まりきった形というのがないんですよ。
こういう所にも実はお金がかかっているんだなあと思います。
個人的には、山伏山がおすすめ。鬼瓦的な部分があって豪華。


室町蛸薬師にて

ところで、上掲2点の写真には共通点があります。
それは、「さきの祭り」と「あとの祭り」の両方が共存している図だということ。
以前、13日の曳き初めの頁でも触れましたが、間もなく見られなくなるかもしれないんですよね。
二つの巡行が合併されて、たかだか50年足らずにしかなりませんが、久しくこの賑やかさに慣れてきた身としては、ちょっとだけ感慨深いものがあります。


岩戸山より北を望めば、船・放下の向こうに、観音山の松が見える。

とはいえ、本来あるべき祭礼の形に戻るわけですから、こんなに喜ばしいことはありません。
さらに欲を言えば、ゆくゆくは巡行順路も元通りに戻していってほしい……。
「あとの祭り」のみならず、「さきの祭り」こそむしろ。

2013.07.15

平成25年7月15日宵山

2日目の宵山も終わり、祇園祭もいよいよ佳境です。
14日は昼間に雨が降り、15日も夕方やや時雨ましたが、我々綾傘鉾の囃子時間である午後6時以降はとりあえず降られることなく、無事に過ぎました。
明日、明後日もお天気だといいですね。

さて、今日は帰り道に郭巨山を訪問しました。
な、な、なんと、二年連続の山一番をお引きです!


郭巨山といえば、黄金の釜を掘り当てたという縁起の良い故事に因む山。
これは、景気がよくなりますよ。アベノミクスならぬ、カッキョミクスが来ますよ~。

余談ですが、この山にはまだタイヤが付けられていませんでした。
確か郭巨山は、最後まで補助輪なしの巡行にこだわった山だったかと。
ひょっとしたらその辺りのこだわりを今なお継いでらして、宵山中だけはそれを装着しないのかなあ、なんて思いました。
祇園祭の山鉾って、本当に見どころが尽きません。

※舁山(かきやま)はその名の通り、本来"舁く(=担ぐ)"べき依り代でありますが、昭和30年代半ば以降、舁き手の確保が困難となったことから補助輪を付けるのが一般となり、現在に至っています。
ごく古い映像資料を見ますと、巡行中の舁山はわずかに上下しているのが見て取れます。
全ての舁山が神輿のように進んでいたと想像しますと、それは今と比較にならないくらい圧巻の巡行だったことでしょうね。

2013.07.13

平成25年7月13日曳き初め


新町通を下ル、南観音山

今年の7月13日は生憎の大雨でした。午後2時から4時頃まで、狙ったかのような集中豪雨です。
おかげで新町通の曳き初めは散々な目に遭いました。
それでも中止になることなく、無事行事が完遂される辺りはさすがですね。心意気です。

ところで、新町通の山鉾といえば、5基の内2基がいわゆる「あとの祭り」に所属するものですが、この「あとの祭り」が復活するという計画は、皆様既にお聞き及びでしょう。
しかし、そうなった場合、この13日の曳き初めの様相も変わってしまいますね。

確か、「あとの祭り」の山鉾建ての始まるのは、「さきの祭り」の終わった後ですから、曳き初めもそれから行われるわけで、今後建造が決定している凱旋船鉾も(望むらくは鷹山も)含めて、別の日の実施となるはずです。
となると、13日の曳き初めは今後3基のみとなってしまいます。
上の写真は、実は近い将来貴重なものとなるかもしれませんよ。

ちなみに、ですが、綾傘鉾が曳鉾だった場合、12日と13日のどちらに曳き初めをするでしょうね。
他所と違って、同じ通りに仲間がいないので悩みどころです。
多分立地的にお客さんが少ないでしょうから、できるだけ他所とかぶらない時間にやりたい気がします。

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