コラム

2015.02.19

講衆に聞く:若手インタビュー(前半)

「講衆に聞く」第二弾と致しまして、今回は現在20代のお二人にお話を伺います。
ご本人の希望で、ここでは“抹茶秋”さんと“保健太郎”さんとお呼びします。
コーディネーターは、前回と同じくWEB・広報担当のはたぼんです。
(以下、抹茶秋=茶、保健太郎=健、はたぼん=は)

は:二人はそれぞれバックボーンが違って、抹茶秋さんは綾傘鉾の方を小学6年生の頃から手伝ってきて、大人になってから本格的に講中に入ったという――

茶:そうですね、27歳の時ですから、六斎の方はまだ日が浅いです。

は:一方、保健太郎さんは、お父さんも六斎をやっていて、その流れで小学校入ってすぐから入会したと――

健:はい、6歳から続けています。

は:そういう意味では、好対照の二人なんですよね。片や二代目と、片や変則的な経緯の人と。で、入会のきっかけはというと、まあ保健太郎さんの場合は分かりやすい――

健:やっぱり物心ついた時には当たり前に六斎を知っていたし、見ていました。それで、練習を見に行くうちに、なんとなくいつの間にか入っていたという……

は:自然にね。お父さんからも勧められたりとか?

健:いや、それはなかったです。父は何も。“やれ”とも“やってみるか”とも全然。

は:ということは、結局自分がやりたいから続けられているということなんやろうね。そこいくと、抹茶秋さんなんかもまさに自分の意思で入ってきた部分が強いでしょう。なんせ、大人になって、一から六斎覚えていくって、ある程度やる気ないと厳しいやろうし。

茶:まず僕の場合、一時期仕事で東京へ行かなければならなくて、綾傘の方もしばらく離れていたんですよ。それで久々に帰ってきて合流したら、なんか随分変わってるな、という印象で。綾傘の方も新しいことが増えていて……

は:ああ、昔の綾傘鉾の祇園囃子を復元する作業が、ようやく形になって本格的に動き出した時期やったっけ。

茶:そうです。それに、自分もある程度キャリアを積んできて、それでもまだ鉦しか出来ないというのではダメだなあと。

は:そうやねえ、祇園祭の時しか顔出さへんっていうのでは、いつまでも笛やら太鼓に触らしてもらえへん。物足りひんもんなあ。

茶:そうなんです。それで、“あ、これは六斎もやらないと、結局全体のことがよく分からないな”と。綾傘鉾のお囃子や、そもそも囃子方の活動自体も壬生六斎を踏まえて成り立っているわけで……

は:気づかれましたか、そこに。

茶:気づいてしまいました(笑)これはやらなあかんなと。

は:なるほど。いわば、責任感が出てきたわけだ。それは講中にとっていいことですよね。前向きに関わっていく気が湧いてきたということは。

茶:そうなんですよ。ここの所達成感が出てきて、もう“夏楽しいぜ”みたいな! なんか、こっち帰ってきてからなんですけど、周りから、“前より積極的になったよね”みたいなことも言われるんですよ。

健:え、六斎のおかげで!? 六斎すごいな……

は:ちょうどタイミングが合ったのかもしれないね、年齢的にも。あるいは綾傘鉾の祇園囃子の件とかも含めて。今入るべくして入ったのかも。それに、使える楽器とか、出来る曲目とか増えていくと楽しいよね。

健:ただ、後輩が少ないから手が足りない分、「祇園ばやし」の鉦やら「四ツ太鼓」から中々離れられない、っていう悩みはありますよね。

は・茶:ウーン……

〈後半へ続く〉

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