コラム

2015.06.06

講衆に聞く:ねーちゃん

「講衆に聞く」第三弾は、ねーちゃんです。

――今回は“ねーちゃん”という呼び名ということで。
ね(→)ー(→)ちゃんな。わしの好きな方(ね(↑)ー(↓)ちゃん)とちごて。  ※矢印=イントネーション

――六斎はいつからやったはるんですか?
二十五歳になるかならんか位の時。東京から帰ってきて、その後。それからは一度も抜けることなく、ずっと続けてやってる。

――なんで入ろうと?
元々わしは好きやったんや。子供の時分から見てて、「ああ、ええもんやなあ」言うて、興味は昔からあったんやけども、「誰でも出来へん。やれる人は限られてる」と勝手に思い込んでて。そしたら、うちの父親と友達の人(講衆)で、わし自身もよう知ってる人が、「かまへんで。おいで」言うてくれはって。

――ねーちゃんは壬生狂言もやったはりますけど、そっちもその時に入らはったんですか?
それは後。六斎やってたら、「笛吹ける奴おるで」いうことで、おんなじように六斎と狂言両方やってる人に引っ張られてな。ほんで、狂言には小学校からの同級生もおったし。まあ、そういうことで、六斎やってへんかったら狂言もやってへん。

――六斎と狂言を両方やってる人は、当時結構いはったんですか?
いや、わし入った時はもうほとんどおらへんかった。それ以前でも、兼ねてやってた六斎の人は大概囃子だけ、笛とか鉦とか太鼓やらをやったはった。わしみたいに色んな役もやったりする人はあんまりいはらへんかったように聞いてるけど。

――大変なことはありましたか。

まあな。そら入った当時は大変やったで。三十超えて入んのなんか、わし一人や。それでも小さい子らと一緒になって斬られ役とかな、一番下のその他大勢の役からやっていったがな。ほんだら、まあ「真面目な人や」いうことで段々信用してもうて、気ぃついたら今もう、わしら一番上の世代やで。まあ好きでやってることやしな。

――三十超えてからやと、芸やら覚えていくのも苦労しはったんちゃいますか。
そやなあ。そやから、六斎の場合、上の人に歌教えてもらうやんか。ほしたら、それを手書きで文字に起こしてな。それ以前、なんにも書いたもんがなかったさかいに。今みんなに配ってる歌詞の紙あるやろ。あれあれ。後はもう繰り返し練習やなあ。うちのガレージでもやったわ、「祇園ばやし」の太鼓とか。

――もっと曲を教えてほしいていう若手の声がありますが。
うん、これからな、定期的に練習会しょうとは企画してんねや。日ぃだけ先決めといてな。来られる人は来てくれいうて。ほんで、よう覚えてる人で、よう練習来てる人にどんどん出番を与えていくようにな、もっていけたらええなあて。結局みんなの都合合わせるだけで時間ばっかりかかるさかいな。

――それぞれ忙しいですからね。大体一番忙しいのが、地域の役員を数々兼ねていらっしゃるねーちゃんで。
なんでえな、そないいうほど、もうやってないで。ああいうのも、子供出来てからやなあ。PTA引き受けたんが最初で。それからまあ、「あれもやってくれへんか」いうて回ってくる。やっぱり頼まれたら断りにくい人とかおるやろ。可愛らしい奥さんとか。そういうたら、この前もな……

――今日はありがとうございました!

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