コラム

2017.11.09

壬生六斎の旅:谷汲山華厳寺

壬生六斎に所縁のある地を巡る特集「壬生六斎の旅」。
5回目となる今回も、例によって「飛観音」に登場するお寺を訪問しました。

別に飛観音だけに拘るつもりはなく、ほかに関わりのある場所も既に旅してはいるのですが、この歌に登場する札所も残す所2カ所のみとなりましたので、この際優先して片付けてしまいます。

さて、この度は西国三十三所観音霊場の三十三カ所目、満願の寺、谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)です。
“飛”観音のダイジェスト感は凄まじく、5つめの札所にして早くも満願となりました。

当地に伝わる御詠歌には、

万世の 願いをここに 納めおく 水は苔より 出る谷汲
今までは 親と頼みし 笈摺を 脱ぎて納むる 美濃の谷汲

というのがあり、飛観音では上記2首を組み合わせたような形になっていて興味深いです。

昨日今日まで親と頼みし笈摺を みふだ納め申すよ 水は苔より出ずる谷汲

“笈摺(おいずる)”とは、巡礼者が身に着ける白い衣のことで、満願霊場の当寺にはそれを納めるお堂があります。

閑話休題、突然ですが、皆さんは真の闇を見たことがありますか。
あるんですよ、それ、このお寺に……
あれは、わたしが境内一通りの参拝を終えた時でした。
ご本尊の前に戻りまして、ふっと脇を見やると、左の方に下へ降りる階段があるんですね。
入り口横にはお盆がありまして、そこに百円を置くように指示してある。
ははあ、これは何かの趣向だな、と、好奇心をくすぐられるのが人情でして。
係の人も誰も居ませんでしたが、わたしはちゃんと百円玉を置いて、トトトッと降りた。
すると、どうでしょう、一歩、二歩、三歩、四歩、と進む内にどんどんと辺りが暗くなる。
五歩も踏んだ頃にはもう文字通りに、お先真っ暗。
もう少し行ったら、何かあるんじゃないかと我慢してみますが、どこまでも暗い様子なんです。
ともすると、これは灯りを点け忘れたのじゃあないか、まだ開店前なんじゃないかと勘繰りましたが、
だとしても、話のネタにはなるだろう、むしろ、こっちから引き下がるのは癪だ、と意地にもなりまして、
構うことなくズンズンと前進していった。
まだ入り口の光が届く内はいいんです。でも、そんなものはすぐになくなる。
そうすると、本当になんにも見えなくなるんですね。
わたしは、目は利く方なんですが、どんなに目を凝らしたって真っ暗なんです。
世の中、闇夜に部屋を閉め切って灯りを消していたって、どっかから光は漏れているものでして。
真の闇なんてものが、この世にあること自体、知らない人が大勢いるんじゃないでしょうか。
ともかくも、頭を打つんじゃないか、いきなりぶつかるんじゃないかと思うから、屈み加減で一杯に手を伸ばしながら歩く。
しかし、そもそも天井に手はつかない、その内、伝っていた壁にも指先が触れなくなる。
そうするとねえ、もう自分がどこにいるのか、今何時なのかも分からなくなるんですよ。
感覚が滅するというのでしょうか、自分の体も見えないものだから、己の存在さえ実感出来なくなる。
あれも闇、彼も闇、闇、闇、闇の世界でただ一人、いや、その一人も本当に居るのかどうか。
本当は誰も居ない? 最初から誰も居ない。
ああ、そうだ、ここには闇があるだけで、いや……闇を闇と認めているのは誰だ?
誰だ……誰だ……? ダレモ、イナイ………………?
――それからというもの、彼の姿を見た人は居ないということです。
ひょっとしたら、彼は今も、闇の中を彷徨い歩いているのかもしれません、鈍く光る百円玉だけをこの世に残して。
え? “わたし”って言っていたじゃないかって? この文を書いているのは誰かって?
あなたが今見つめているモニタ画面の電源をちょっと消してご覧なさい。
ほら、そこに映っているでしょう? その真っ黒な中に……ほら……? ほら?

ホラです。戒壇巡りに予備知識なく入ったというだけの話です。
戒壇巡りとは、真っ暗なお堂の下を歩いて、ご本尊と縁を結ぶ修行の一種です。
ちなみに、この後に善光寺でも体験してみましたが、あちらは人の大行列の中を進むので、全然怖くなかったです。
このお寺で真の闇体験が出来たことは、まさしく幸運でした。

谷汲山華厳寺へは、樽見鉄道「谷汲口」駅下車、駅前のバスに乗って10分位で、参道の入り口に着きます。
参道は1km程度あって、両脇にお土産屋さんが立ち並んでいます。
仏具関係のお店が多かったように思います。
樽見鉄道は、JR構内から乗り換える線で、ワンマンカーが大垣駅ホームの一画に可愛らしく停まっています。
余談ですが、「モレラ岐阜」という謎な駅で親子連れから中高生から、とにかく大半の乗客がごっそり降りてびっくりしました。
調べたら、大型ショッピングモールの名前がそのまま駅名になっているようです。
この辺りの人は、ここしか行く所がないんじゃないか、と思う位の盛況ぶりでした。

帰りに大垣駅で下車して寄り道。
お祭りがあるみたいでした。

分かる人には分かると思いますが、今回の旅、この更新日より結構前に行っています。
次回は、信濃の善光寺です。

2017.08.01

壬生六斎の旅:書寫山圓教寺

ご覧下さい、この素晴らしい眺め。さっきまで居た地上があんなに下の方ですよ。
わたしは今、ロープウェイに乗って山登りをしています。
なんの為かって? 実はお寺詣りをする為なんです。
そう、これから行くお寺は、ロープウェイで行かなければならない程、山の上にあるんです。

こんにちは。壬生六斎に所縁のある地を巡るシリーズ、壬生六斎の旅です。
四回目となる今回は、引き続き「飛観音」より、書寫山圓教寺(しょしゃざんえんぎょうじ)を訪ねます。

播磨國にて書寫寺観音 はるばる登りて 観世音まへにて 札うち納める

圓教寺は西国三十三所観音霊場の第二十七番札所。
その境内はとても広く、なんとこの山頂一帯が丸ごと圓教寺なんです。

ロープウェイの山上駅を降りた後も、山道をテクテク歩きます。仁王門を過ぎてもまだまだ。
これはもう、完全にハイキングコースですね。

ようやく開けた所に出ると、迎えてくれるのは、まるで京都にある清水の舞台のようなお堂、摩尼殿。
そして、さらに先へ進むと――

目の前に広がるのは、常行堂、大講堂、食堂の三つのお堂に囲まれた運動場の様なスペース。
(写真右手が大講堂、正面が食堂)

横長の建造物、食堂(じきどう)は二階建て。大変珍しい建物です。
(先程の写真と逆方向から見下ろした図。右手奥が常行堂)

圓教寺は、ハリウッド映画やNHKの大河ドラマをはじめ、数々の時代劇のロケ地としてもよく使われているんですよ。

では、ここでクエスチョン。
寺の名前の前につく“ホニャララ山”というのを山号と言いますが、書寫山の場合は山号としてだけでなく、この山そのものの名前にも用いられています。
その名前の由来は、ある神様が山頂に降り立ったという伝説に因むのですが、では、その神様とは一体どなたでしょうか?
♪チャラララチャラララチャラララチャラララチャーン♪

まこと「え? お寺なのに、神様?」
ひとし「ま、そうですね。昔は神仏習合と言って、今ほど厳格に分かれていませんでしたから」
えいじ「しかし、そうは言うてもね、神様の名前書けっちゅうたってあーた、そんなん、なん人も知りませんよ」
ひとし「ええ、ですから、ま、かなり有名な方と申しますか」
まこと「ヒント下さいよ、ヒント」
てつこ「あら、あたくし分かったかも」
ひとし「ではお書きください、どうぞ」
まこと「ちょっとー!」

~シンキングタイム~

ひとし「では、まずまこと君から見てみましょう。これは……『イエスさま』?」
まこと「神様って言うから……」
えいじ「きみねえ、日本の寺や言うてんのに。ほんばにもう、ぼくこの人と並ぶの恥ずかしいわ」
まこと「だってもう、分かんないんだもん!」
ひとし「では続いて、バンドーさん。『アマテラス』とお書きで」
えいじ「“有名な”っちゅうことでね、やっぱりピーンときました。あの男とは出来が違うんですよ、ここの」
ひとし「では、先程“分かった”とおっしゃっていたクロヤナギさん、『スサノオノミコト』」
てつこ「ええ、多分、書寫山の“しょしゃ”っていう音は、スサノオの“スサ”がなまったものじゃないかと思います」
まこと「エー、そんなダジャレみたいなことあります?」
てつこ「あら、あーた知らないの。昔から物の名前っていうのはそうやって関係するものから引っ張ってくることが多いんですよ」
えいじ「ああ確かに、おかあさんにそう言われると、そんなような気がしてきた」
てつこ「そこいくと、あなたのアマテラスもなんだかねえ。ただ単に有名だからっていうのも、ウッフッフッフ」
ひとし「では、正解を見てみましょう」

姫路市に合併されるまで、この辺りは曽左村(そさむら)と呼ばれていました。
これもやはり同じ由来に基づくもので、そもそもお寺が出来る以前から、山は素盞ノ杣(すさのそま)と呼ばれていたそうです。
“素戔”すなわち、素戔嗚(すさのお)ですね。
というわけで、正解は「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」でした。
一説には、その後、僧侶が一心不乱に経文を書き写す様を称えて、“書写”の字をあてるようになったそうです。

ひとし「というわけで、クロヤナギさん正解です。お見事」 テッテッテー♪

……

……

……

……クイズ番組「世界ふ○ぎ発見」の往年のやり取りを、特に意味もなく再現してみました。
(冒頭からミステリーハ○ターがレポートしている体になっています。そのつもりで読んで頂ければ)
ちょっと趣向を変えてみようと思って……。

帰りに、ふもとの駐車場にある食堂でおうどんを食べました。
ぼたんうどん、という、その名の通り、猪の肉が入っているおうどんです。冒険してみました。
お肉は甘辛く煮てありまして、臭みとかそういうのはないです。美味しかったです。
お店のお姉さんも愛想良かった。「また来て下さい」と言われましたが、そうそう行ける場所でもないんだよなあ。

書寫山圓教寺へは、姫路駅から神姫バスに乗って30分程度。そこからロープウェイで4、5分。
地元の人も使う路線バスは、時間帯にもよるでしょうが、行きも帰りも割と混みあっていました。
バス停では早めに並んでおかないと座れないかも。

2017.05.10

壬生六斎の旅:音羽山清水寺

壬生六斎に所縁のある地を巡る特集「壬生六斎の旅」。
3回目となる今回は、やはり「飛観音」より、「清水寺(きよみずでら)」を訪れます。

花の都の清水観音 音羽の滝の 清きところの 観世音まへにて 札うち納める

西国三十三所観音霊場、第十六番札所ということで、第三番の粉河寺から随分飛びました。
この辺り、飛観音の“飛”が本領を発揮しだした感じです。

それにしても、どういう基準で歌に入れる札所5つを選んだのでしょうか。
京都近辺だったら、六角堂とか革堂とか入りそうなものです。
ましてや、六波羅蜜寺なんて空也上人に所縁のあるお寺だってあるわけです。
この点は、六斎念仏周りから突き詰めるのには限界がありそうなので、和讃とか、仏教学的常識とか、そういう方面からアプローチしたら何か手掛かりが掴めるかもしれないと思っています。


仁王門

さて――
写真を撮る為に、わざわざ駐輪料金を払い、わざわざ修学旅行生に揉まれ、わざわざ拝観料を払って行ってやりました。
どうも地元京都市に住んでいると、“わざわざ”という風な億劫な気になるんです。
“いつでも行ける”と思いますからね。この罰当たりめ。メッ!

しかし、そんな罰当たりは少数派で、参道の坂から境内からこの日も大変な盛況ぶりでした。
多いのはやはり外国からお越しの方。
日本人はね、お店の売り子さんと筆者だけ。
いやいや、修学旅行の小中高生がおったわ。
今でも京都へ来てくれるんですね。
やっぱり定番なんやなあ。
こうやって、日本はもとより世界中から参拝客が訪れる、やっぱり清水さんは日本の宝。
そらあの清水の舞台は、ちょっと他所で見られへんもんなあ。
一生の思い出になるわなあ。
よし、ほな見に行こか!

て、工事してるやーん!
工事中やん、一生に一度の思い出、工事中やん!


格子状の柱の上に格子状の足場を組むテクニカルな奇跡

まあでも、逆に考えてみて。
こんな大々的な工事、滅多にあるもんじゃないわけ。
ひょっとしたら、生きている内にはもう無いかもしれないわけ。
かたや、普段の姿は写真でも映像でも見られるし、ほとんどの人はそっちしか知らないわけ。
そう考えたら、工事中のこれ、超レアでしょ! レアじゃね? アレじゃね?

――ここで唐突に、壬生六斎と清水寺のエピソードを一つ。
昔、清水の舞台で「祇園ばやし」を奉納していたところ、冒頭の「からこ」という曲で太鼓を大振りしていたら、それが手からすっぽ抜けて舞台の下へ飛んで行ったことがあったそうな。
“清水の舞台から飛び降りる”とはよく言いますが、なんと太鼓が飛び降りよったんですな。
師匠曰く、「それぐらい大きな振りで、太鼓を振らなあかんねんで」ということです。
……怪我人が出なくて良かったです。

音羽の滝の横にある茶店です。
落語「はてなの茶碗」のモデルになったのはここなんでしょうか。

清水寺へは、京阪電車「清水五条」駅か、市バス・京都バス「五条坂」から歩いて行きます。
バス停からの方が近いです、15分位。京阪からだと、その倍ほど歩きます。
ただ、いずれにせよ道が入り組んでいるので初めてだと迷ってしまわれるかもしれません。
わたしも上手く説明できません。
とりあえず、大通りから山の方へ山の方へ向かってみて下さい。
自転車の場合、観光バスやらが止まる駐車場に止めて歩きます。
途中、人と急な坂が多くてしんどいのは覚悟して下さい。
車ではたどり着けません。
そもそも、京都の町を車で移動しようなんてのは自殺行為で、旅行時間の大半を車中で過ごす羽目になります。
京都は、歩きながらの発見が楽しい町です。

2017.05.05

壬生六斎の旅:風猛山粉河寺

壬生六斎に所縁のある地を巡る特集「壬生六斎の旅」。
今回は、前回に引き続き鉦講の「飛観音」より、「粉河寺(こかわでら)」を旅します。

此又 観音 粉河寺 青々青々 観世音まへにて 札うち納める

風猛山粉河寺は、西国三十三所観音霊場の第三番札所。
一番札所の青岸渡寺と同様、紀州のお寺です。

境内を散策すると、奥のお社へ続く階段の下に不思議な看板が。
「孔雀います」
なんでしょうか、この「お座敷ありマス」みたいな呼び込み方は。
そういふ伝説があるのか、はたまた名産品など売っているのか。

いやホンマにおるんかーい!
孔雀さんが飼われていました、めっさ綺麗な。
よう鳴くんです、それがまた。
“クエーッ!” みたいな、“ニャーッ!” みたいな、“マモーッ!” “ミモーッ!” みたいな。

境内の茶店でおうどんを頂きました。
その名も「風猛うどん」です。
色々のっています。
ねぎ、天かす、蒲鉾、昆布、山菜……この辺りはまだ分かる(中々一緒には入れへんけど)。
そこに、玉子焼き、玉ねぎ、ごぼ天、ひら天、こんにゃく、茸、筍、柚子……
もはや、鍋!
でも、お出汁はいわゆる関西風で、違和感のない美味しいおうどんでした。
ひょっとすると、時期によって具材が違うかも。
看板には“風猛そば”って大書してあったから、そちらの方がメインかな。
ほかに、かき氷とかおまんじゅうもありました。

粉河寺へは、JR「粉河」駅1番出口より北へ20分位、正面へ伸びる道を真っ直ぐ真っ直ぐ道なりに行きます。
電車は本数が1時間に1本と少ないので、時間に余裕を持って計画して下さい。

2017.05.03

壬生六斎の旅:那智山青岸渡寺

今回から始まります新シリーズ「壬生六斎の旅」。
壬生六斎に所縁のある地を巡ります。

初回となる今回は、「飛観音」の歌詞に出てくる寺、紀伊の「青岸渡寺(せいがんとじ)」。
先日「鉦講衆」のページを新設したこともあって、鉦講の歌より取り上げます。

那智山青岸渡寺は、西国三十三所観音霊場の第一番札所。
それ故、「飛観音」でも一番目に登場します。

紀伊國那智山観世音 ふだらく岸うつ三熊野の なちいの観世音まへにて 札うち納める

余談ですが、上鳥羽橋上では「札うち“始める”」と伝えており、より一番札所感が出ています。

ところで、札所にはそれぞれ御詠歌がありますが、その歌詞と鉦講のものとは少し似ているようです。

御詠歌
「普陀洛や 岸うつ波は三熊野の 那智の御山に ひゞく瀧津瀬」

ところどころのフレーズが重複していますね。
各名所によって決まり文句みたいなものが昔から定着していたのか、それとも伝承に何らかの関連があるのか。
ちなみに、御詠歌でも鉦を使うことがありますし、講を結んで活動しますから、その点鉦講と似ています。
しかし、旋律やパート分け、楽器演奏の比重等、一聴して印象の異なる点もあります。

「紀伊山地の霊場と参詣道」はユネスコの世界遺産に登録されており、記念碑が建っています。

お隣には、熊野那智大社があります。

三重塔です。
古くに焼失していたものを再建したそうです。
幾らか料金を払うと中を見学可能です。
内部にはエレベーターが設置されています。
後ろに見える那智の大滝とのコントラストが美しく、しばしば観光情報に掲載される構図です。

那智の大滝です。
嘘みたいに高い岸壁からの怒涛の瀑布、自然の奇跡です。
いわゆる“パワースポット”などと軽く紹介されても、今回ばかりは理由不要で納得できます。
これを拝むだけでも、ここまで来た甲斐があるというもので、古来より崇敬を集めてきたのも頷けます。

那智山青岸渡寺へは、まずJR特急くろしおに乗って「紀伊勝浦」駅へ。
それから駅前より熊野交通バスに揺られること30分程度で終点まで。
降りたら、お土産屋さんが並ぶ道路を抜けて、参道入り口から階段をテクテク登って山の上まで行きます。
雰囲気を満喫したい方は、途中のバス停、「大門坂」や「那智の滝前」から降りて歩くのもアリ。
バスは、紀伊勝浦駅前の営業所窓口で、あらかじめ往復切符を買っておくのがオススメです。
ちなみに、勝浦では港町ならではの新鮮で美味しい魚介類が味わえます。
(これを食べたと言うと、欧米の活動家が怒ってきそうな例のアレとかアレとか美味しかったです)

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